大泉洋「本当に切なかった」水曜どうでしょうレギュラー放送終了について語る…

大泉洋「本当に切なかった」水曜どうでしょうレギュラー放送終了について語る…

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大泉 (おおいずみ よう、1973年〈昭和48年〉4月3日 – )は、日本の俳優、タレント、歌手、声優、司会者。愛称は「ちゃん」。所属事務所はCREATIVE OFFICE CUE、業務提携先はアミューズ。所属レコード会社はA-Sketch。演劇ユニット・TEAM NACSのメンバー。…
182キロバイト (22,056 語) – 2024年6月14日 (金) 03:15

(出典 upload.wikimedia.org)
また放送して欲しいですね。

1 湛然 ★ :2024/06/18(火) 06:03:56.76 ID:5TSu7pBs9

大泉洋 「水曜どうでしょう」レギュラー放送終了の”切ない”理由告白 「終わらせちゃいけないと」葛藤も
6/17(月) 14:16 スポニチアネックス
https://news.yahoo.co.jp/articles/99a5d7f2dec1dac04189f7a3b19f7a5c14c0caab

 俳優の大泉洋(51)が16日放送のTBS系「日曜日の初耳学」(後10・00)にVTR出演。出世作となった北海道テレビの伝説の番組「水曜どうでしょう」について語った。

 同番組は人気絶頂だった2002年に、わずか6年でレギュラー放送を終了。インタビュアーの林修から「率直におっしゃっていただきたいんですけど、大泉さんは番組を終わりたいと思っていたんですか?」と問われると、大泉は「思ってない」ときっぱり。「だからね、本当に切なかったですよ」と続けた。

 大泉によると、同番組は藤村忠寿チーフディレクターとディレクター兼カメラマンの嬉野雅道氏が「1から10まで」つくっていたという。「彼らは『水曜どうでしょう』をやっちゃうと、それ以外の仕事が何もできない」とした上で、「そこでやっぱり彼らは『どうでしょう』以外のことがしたくなるんですよ。だから途中を1回休むんですよね」と回顧した。

 そして「なんか、そのへんから『水曜どうでしょう』に対する熱意が、ディレクター陣から冷めてきているっていうのが、僕、ものすごいよく分かったんですよ」とし、「だからね、番組が終わりそうになっている時、余計に必死でしたよ。“終わらせちゃいけない”と思っていたから。だから“もっと面白いことしなきゃ”っていう焦りがあった」と当時の複雑な胸中を吐露した。「だけど、藤村忠寿さんも辞めるとは言えなかった。ファンが熱烈だから」とスタッフにも葛藤があったと明かした。

 その状況を打破したのが、ロケ中に口にした大泉の“名言”だったという。「私が風邪ひいてね、“東北生き地獄ツアー”っていうバカみたいな企画があったんですよ」と振り返り、そこで「“私は一生どうでしょうします”っていう名言吐いちゃったんですよ」と明かした。

 「それをうまく使って、“番組は辞めません。一生どうでしょうします。でもいったん、ここでレギュラー放送は終わらせます”っていうことでやっとレギュラーを終わらせられたんですよね」とし、番組は「数年に1回ロケをする」スタイルに。

(※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)

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