【野球】日本野球のガラパゴス化が止まらない…世界中で導入が進む「時短ルール」を無視する残念すぎる理由
【野球】日本野球のガラパゴス化が止まらない…世界中で導入が進む「時短ルール」を無視する残念すぎる理由
■ピッチクロックを導入したMLBが得たすごい成果
米大リーグ(MLB)は北米四大スポーツの1つだが、競合するアメリカンフットボール(NFL)、バスケットボール(NBA)に比べてファン層が高齢で、若者層に人気がなかった。その一因として「試合時間の長さ」が指摘されていた。
NFLの試合時間は15分×4クオーターの計60分、NBAの試合時間は12分×4クオーターの計48分、インターバルやハーフタイムショーなどがあるのでスタジアムの滞在時間はともに2時間以上にはなるが、MLBは平均試合時間が3時間10分前後、しかも時間の制約がない野球は圧倒的に長く、スピーディな展開を好む若者には不評だった。
そこで2023年シーズンから、MLBは「ピッチクロック」を導入した。
「ピッチクロック」とは、
・投手は、ボールを受け取ってから、走者がいない場合は15秒、走者がいる場合は20秒以内に投球動作に入らなければならない。これに違反した場合、自動的に1ボールが追加される。
・打者は、制限時間の8秒前までに打席に入り、打つ準備を完了していなければならない。これに違反した場合、自動的に1ストライクが追加される。
・走者がいるときに、投手が牽制や投手板を外した場合、制限時間はリセットされる
(※MLBでは2024年から、走者がいる場合は20秒以内→18秒以内とさらに短縮することを決めている)
というルールだ。
MLB30球団の本拠地のバックネットには経過時間を示すタイマーが設置され、テレビの放送でもタイマーの数字が表示された。これがMLBの試合運営に劇的な変化をもたらした。
■時短で観客数も年齢層も大きく変化
MLBのロブ・マンフレッド・コミッショナーは、時短のためにこれまでも「申告敬遠制度」や「ワンポイントリリーフの廃止」などを導入したが、まったく効果がなかったために「ピッチクロック」の導入に踏み切った。
マイナーリーグや提携する独立リーグなどでの実験的導入を経て、2023年から導入した。
その結果として、MLB30球団の平均試合時間は2022年の3時間3分44秒から2時間39分49秒と、約24分も短縮された。
筆者は、シーズン中はMLB中継のテレビをつけながら仕事をしているが、昨年は大谷翔平の投げる試合など、あっという間に終わった印象だ。
スピーディな試合はMLBのファンにも好評で、観客動員は6455万6658人から7074万7365人と9.6%も増加した。
全30球団のうち26球団が観客動員数を伸ばし、メジャー全体で週末の動員が150万人を突破したことは11度に上ったという。
とりわけ重要なのは、年齢別で18歳から35歳のファンの入場券購入率がこの4年間で10%増。チケットを購入したファンの平均年齢は、2019年は51歳だったが、昨季は45歳になったという。(米のスポーツメディア「ジ・アスレチック」2024年2月9日より)
■日本でも「ピッチクロック」はすぐに導入できる
MLBでは時短のために「ピッチクロック」だけでなく「牽制球」のルールも改定した。
・投手が牽制球を投げるか、もしくは投手板から足を外す行為は1打席あたり2回までに制限され、3回目以降は走者をアウトにできなかった場合ボークとなる
これにより無意味な牽制球がなくなった。これも「時短」に貢献したと考えられる。
さらに2020年に新型コロナ禍の特例措置として導入された、延長戦の「タイブレーク」も、引き続き行われ延長戦の大幅短縮が実現している。
ネガティブな面もなくはない。一部の投手には「ピッチクロック」が投球に影響を与えたという。大谷翔平が9月に、二度目の右ひじ靭帯(じんたい)復旧手術を受けたのも「ピッチクロック」が関与したとの見方もあるが、それを裏付けるデータは今のところない。
ちなみに「ピッチクロック」の日本での導入に際しては公認野球規則の改定をする必要はない。
公認野球規則 8.04
塁に走者がいないとき、投手はボールを受けた後12秒以内に打者に投球しなければならない。投手がこの規則に違反して試合を長引かせた場合には、球審はボールを宣告する。
とあるからだ。公認野球規則の方が12秒と「ピッチクロック」より3秒短い。
2006年にこの規則が導入されたが、NPBでもアマチュア野球でも適用されることはほとんどなく、実質的に野放しになっていた。
■しかし現時点での導入予定はない
日本のプロ野球の平均試合時間は9回時点で3時間7分、延長戦も含めれば3時間13分となっている。
NPBの観客動員は増加する傾向にはあるが「ピッチクロック」の導入は、新たなファン層を開拓するうえでも有効だろうと思われる。
しかしNPBは今季(2024年シーズン)の「ピッチクロック」の導入を見送っている。
昨年7月10日のオーナー会議で「ピッチクロック」の検討を始めるようNPB事務局、実行委員会に指示した。
だが、NPB事務局の見解によれば「過去5年間の投球間隔は、MLBの定めている秒数をほとんどクリアしている」とし、まずは打者交代における時間短縮が妥当と判断。
前打者の打席完了から次打者が打席に入るまでの時間を「30秒以内」とすることを徹底するとした(「30秒ルール」)。2023年の平均は36.9秒だったが6.9秒短縮できれば1試合で6分19秒の短縮が見込まれるという。
これにより試合時間は3時間前後になる。NPBの井原敦事務局長は「今考えているのは3時間を切る、2時間50分~3時間が、試合時間の一つ適正な目安かな」と述べたという。
筆者にはMLBよりも20分も長い試合時間でよしとする根拠がよくわからない。ちなみに上記の「30秒ルール」を守らなくても罰則はないという。
■「野球離れ」に対する危機感がない
球団関係者に話を聞くと「ピッチクロック」の導入に難色を示す背景にはコストの問題があるという。
本拠地球場のバックネット裏にタイマーを設置しなければならないし、時間表示システムを導入し、放送とも連動させる必要がある。専門の人員が必要な可能性もある。
またNPBの場合、本拠地球場だけでなく、地方球場でも公式戦を行う。年に1、2試合しか試合を行わない地方球場にも「ピッチクロック」のシステムを設置する必要が生じる。
さらに球場の営業サイドからは「試合時間が短くなれば、ビールや食事などの売り上げが減る」という懸念の声も上がっているという。
率直に言ってNPBサイドにはMLBのような「野球離れ」に対する危機感がないのだと思わざるを得ない。
■台湾、韓国では今シーズンから導入
一方で、日本の社会人野球を統括する日本野球連盟(JABA)は2023年、「スピードアップ特別規定」を設け、ピッチクロックのほか、牽制の回数制限などMLBと同様の「時短」政策を導入した。
昨年7月に行われた社会人野球の都市対抗大会で、初めて導入したが、1試合の平均時間は昨年と比べて約7分短縮されて2時間37分となった。JABAは2024年シーズンも引き続き「ピッチクロック」を実施するという。(時事通信2023年8月1日配信記事)
筆者は昨年11月末に、台湾でアジアウィンターリーグを観戦したが、台湾の球場のバックネットにはタイマーが設置されていた。
今年1月、台湾プロ野球(CPBL)は「ピッチクロック」などの「時短」ルールを一軍二軍ともに導入すると発表した。おそらく、アジアウィンターリーグでは試験的に「ピッチクロック」を導入していたのだろう。
それに先立つ昨年10月には、韓国プロ野球(KBO)が「ピッチクロック」の2024年度からの導入を発表している。(日刊スポーツ2023年10月19日配信記事)
国内でも独立リーグの九州アジアリーグは2023シーズン全試合の平均試合時間が3時間9分であった現状を踏まえ、リーグの目標である2時間50分を目指すため「ピッチクロック」を導入すると発表している。(九州アジアリーグ2024年1月30日配信の「NEWS」より)
世界の野球界の趨勢は「時短」なのだ。
■今年末の「プレミア12」はどうするのか
「いや、日本には日本のやり方がある。何でもかんでもアメリカや世界に合わせる必要はない」とは日本の野球関係者の口癖ではあるが、WBCに象徴されるように、日本野球は「国際試合」を通じてステイタスを高め、長期低落傾向が続く国内の野球人気を維持してきたのだ。
2026年の第6回WBCでは、ほぼ間違いなく「ピッチクロック」が導入される。観客動員1位のMLBだけでなく世界3位、4位のプロリーグであるKBO、CPBLが導入しているのだから。
それ以前に、今年11月に行われる「第3回WBSC世界プレミア12」(※)でも「ピッチクロック」が導入される可能性がある。大会は台湾と日本で行われるが、日本以外の多くの国で今期から「ピッチクロック」が導入されるからだ。
※日本、韓国、台湾のほか、アメリカ(MLBは参加せずマイナーリーガーなどが中心になる見込み)、オーストラリア、メキシコ、オランダなどが参加する
152年前に野球が日本にもたらされて以降、アメリカでルール改定が行われれば、日本野球では1年後にはそれに準拠して「公認野球規則」を改定し、ルールを改めてきた。
■日本野球のガラパゴス化
しかし、近年、異変が生じている。
2020年からMLBで導入された「ワンポイントリリーフの禁止」「タイブレーク制の導入」、そして2023年の「ピッチクロック」「一、二、三塁ベースの大型化」「極端な守備シフトの禁止」などについて、日本はこれまで通り、公認野球規則を改定はした。
だが「ただし、我が国では○○については、適用しない」と付記している。
MLBでは2022年にナショナル・リーグがDH(指名打者)制を導入した(ユニバーサルDH)。これにより大谷翔平のナ・リーグのドジャースへの移籍が可能になったわけだが、日本のセントラル・リーグと、高校野球、大学野球の一部はまだ導入していない。
今では少年野球も含めて世界でDH制を導入していないのは、日本のこれらの団体だけだ。要するに「ガラパゴス化」が進んでいるのだ。
「なんでこんなにいろいろ変えるんだ。アメリカのやり方にはついていけない」あるプロ野球審判のOBはそう言った。NPBの裏方の正直な声ではあろう。しかしながら「だからと言って、このまま放置する」のは無責任すぎる。
■問題の先送りは許されない
Jリーグは昨年12月、2026年から2027年にかけてのシーズンからリーグ戦を秋からの開催とする「秋春制」に移行すること決めた。
現在のJリーグは2月ごろに開幕して12月ごろにシーズンを終える日程でリーグ戦を行っているが、ヨーロッパの主要リーグが秋に開幕して春に終了する日程でリーグ戦を行っていることや、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)も秋に開幕する日程になったことなどを踏まえて「秋春制」の意向を決めた。
豪雪地帯の新潟県や寒冷な北海道などからは強硬な反対意見が出たが、世界の趨勢を勘案して決断したわけだ。Jリーグは大局観に立って大きな決断をしたと言えよう。
日本社会は何事によらず、問題の先送りをしてここまでやってきたが、野球界では次世代の若者のために大人がしっかり考えるべき時が来ている。「ピッチクロック」をどうするのか、先送りではない結論を早急に出すべきだ。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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