【芸能】フジテレビと共倒れ…「スポンサー離れよりずっと深刻」いまテレビの現場で起きている「負のスパイラル」
【芸能】フジテレビと共倒れ…「スポンサー離れよりずっと深刻」いまテレビの現場で起きている「負のスパイラル」
■フジ経営陣は、あの会見で誰に謝罪したのか
「こんな会社の社員で情けないと思った」
「社員のことを何も考えてくれていない気がした」
「幹部は自分の保身しかないよね」
「4月に入って来る新入社員がかわいそう」
以上は、27日のフジテレビの記者会見後に、私がフジの社員や元社員に取材をした際に出た感想である。
10時間以上に及ぶ、フジとフジ・メディアHDの取締役による「やり直し会見」は「準備不足」と「保身」、スポンサーや外資ファンド、総務省への「アピール」ばかりが目立ち、「何の成果もなかった」と酷評されている。
私はこのプレジデントオンラインの前稿において、同会見を「公共電波の私物化」と非難したが、あえて評価できる点を挙げるとすれば、以下の3つである。
1.「10時間超もの会見をよくやったな」という「呆れ」にも似た登壇者への評価
2.「のらりくらり」会見でも少しずつ事実を明らかにしていった記者たちの「粘り」への評価
3.「会見の在り方」について改めて考える機会をくれたという評価
だが、その反面、冒頭に挙げた社員や元社員の声からわかるように、会見に「社員不在」「社員無視」という感覚を持った者が多かったことは確かである。私も中継映像を見ていて、「幹部が向いている先は、社員ではない」と感じた。
■社員たちの「疎外感」
会見の4日前には、社員向けの説明会がおこなわれた。その場で、幹部たちは社員の悲痛な叫びを聞いたはずだ。もしその訴えに真摯に耳を傾けていたら、27日の会見はあんな長丁場にならなかっただろう。
だが、実際には、社内説明会で社員が投げかけた質疑はそのまま同じように会見で繰り返され、幹部はそれに対して明確な返答ができなかった。「準備不足」が原因で会見が長時間化したことは火を見るより明らかだ。
これでは、「社員の声を真剣に受け止めていなかったのか」と思われても仕方がない。だから、記者会見を見ていた社員たちは「疎外感」を抱いてしまったのだ。
実際に会見の翌日には、私のもとにフジテレビの関係者から「あれほど言ったのに……」という失望の声が届いている。本来であれば、会見の最初に「社員の皆さんには、不安な気持ちにさせて申し訳ない」と一言あってしかるべきだっただろう。
もし私が当事者であれば、「数日前の社内説明会ではさまざまな質問を社員の方々からいただいた。それはこの場にいらっしゃる記者の皆さんの疑問でもあると思うので、本来であればそのすべてに対してこの場でお答えするべきではあるが、第三者委員会の手に委ねられてしまっているなどの諸事情により、話せない部分もあることをご容赦願いたい」くらいは陳述するだろう。
「この記者会見を社員がどんな思いで見ているか」を考えたときに、それくらいの「社員ケア」はして当然だ。
■現場と経営陣の「断絶」
30日、港浩一前社長からバトンタッチしたばかりの清水賢治新社長は「社員の皆さんへ」と題したメールを社員へ送った。その内容は社員を気遣ったとても素晴らしいものだったと評価する。だが、遅きに失した感は否めない。社員のこころはいったん離れてしまった。信頼を取り戻すのは大変だ。
被害者女性のことに関してもそうだ。幹部が1年半もその事実を隠蔽していたこ
元朝日新聞記者でジャーナリストの佐藤章氏は、25日のYouTubeチャンネル「一月万冊」で、現場と経営陣の「断絶」が始まっていると指摘している。そこで本論では、今回の騒動がフジのさまざまな現場で働く社員に与える影響と今後の予測について分析をおこなってゆく。そしてそのことによって、テレビ業界全体に対して課せられた問題は何なのかをあぶりだしてみたい。
アメリカの経営学者ジェイ・B・バーニー氏は、「ヒト・モノ・カネ・情報」を経営資源として捉えている。このうちの「ヒト・モノ・カネ」は、企業がビジネスを運営する上で必要な3要素と言われ、「ヒト」は人材、「モノ」は物資、「カネ」は資金を指す。
このバランスを見ながら有効に活用することが企業の成長や競争力の向上につながるとされているのだが、私はこの「ヒト・モノ・カネ」の順番には意味があると考えている。それは、「ヒト」があるからこそ「モノ」を生み出し「カネ」を稼ぐことができると思うからだ。
テレビの世界も同じで、「カネ」を稼ぐことを先に考えてはいけないし、「ヒト」を大切にしないで良い「モノ(=番組)」を作ることはできない。それは私のテレビ局時代の哲学とも言えるもので、いまでも大学の授業で学生たちに伝えていることだ。
■「現場」にしわ寄せや弊害が生じている
しかし、今回のフジの騒動においては、どうもこの「ヒト」が「ないがしろ」にされているように私には思えて仕方がない。そしてそのことによって、「社内」のさまざまな部署の「現場」にしわ寄せや弊害が生じていると考えている。その「現場」とは、大きく分けて以下の3つである。
1.「アナウンス」の現場
2.3.に挙げる「制作」の現場を支える「社内」各部署の現場
3.そして、肝心かなめの「制作」の現場
1.の「アナウンス」の現場の「ヒト」はアナウンサーだ。特に女性アナウンサーが世間からあらぬ誹謗中傷を受けているという事態が発生している。あるフリー・アナウンサーは私の取材に答えて言った。
「すでにフジを辞めて何年も経っているのに、今回の事件で『あんなことをやって、仕事取ってたの?』としばらく連絡がなかった友だちからLINEが来てびっくりした」
「あんなこと」とは、社内で力があるプロデューサーや役員などの会合に同席させられることを指している。それが「性的な上納」につながっていたかどうかは定かではないが、“恒常的に”おこなわれていたことは先日の会見でも明らかになっている。
そのアナウンサーは友人から「水商売みたいだね」とまで言われたという。「そんなことは、ほんの一部でおこなわれていること」と説明したと苦々しそうに語った。
彼女のように、面と向かって言ってもらえるのはまだましだ。ほとんどの場合の誹謗中傷は、SNS上で、匿名で展開される。そしてその「噂」は「事実」として拡散されてゆく。「デジタル・タトゥー」と言われるように、今回の騒動が落ち着いたとしても、その言われなき「レッテル」をはがすことは不可能に近い。
■番組を作っても報われない
2.の「社内」各部署の現場は、番組を作る「制作現場」を支えている。なかには制作現場に行きたくても希望がかなわない人もいる。それでも、自社の番組にプライドを持っているから、日々の「不平不満」を飲み込んで「縁の下の力持ち」を担ってくれている。
私はテレビ局時代の37年間ずっと制作現場だったが、「管理部門」と呼ばれる著作権部や考査部、編成や営業、宣伝、そして人事や総務に至る彼らの助けで番組を作り続けることができたと感謝している。
彼らがいないと制作現場は回らないと言っても過言ではない。その彼らが、社内説明会の際に「私がフジに勤めているというだけで、子どもが学校でいじめられる」と涙ながらに訴えたという。胸が苦しくなる。会社を「誇り」や「アイデンティティ」の拠り所にしていたとしたら、なんと悲しいことか。
3.の制作現場においては、4つの場面でしわ寄せが来ている。「制作者としてのアイデンティティやプライド」「取材先や交渉先」「出演者」「制作費」である。
「制作者としてのアイデンティティやプライド」は、クリエイターとしての誇りや自我を打ち砕かれるという影響が出ているということだ。クリエイターにとって番組は「わが子」も同然だ。そのわが子が旅立ってゆく場が「放送」である。
だが、その“栄光ある”場であるはずの放送において、CMはすべてACジャパンに差し代わり、提供ベースからは企業名が消える。これは嘆かわしいことだ。「何のために日夜苦労して、番組を作っているのか」と虚しさに襲われるだろう。
■まるで村八分…
「取材先」は、バラエティなどで撮影交渉をしても「フジの取材は受けない」と断られることが増えているということだ。ドラマの現場においても、撮影場所の「交渉先」から「フジには貸さない」と言われている。
近年のドラマは制作費削減のあおりを受けて、実在の場所を借りて撮影をおこなう「ロケもの」が増えている。借りられる場所がないと撮影することができない。ドラマ「119エマージェンシーコール」は舞台が消防局なので横浜市と連携協定を結んで撮影をしていたが、番組最後に表示される「協力先」から名前を外してほしいという要請が先方から来た。もちろん、イメージを気にしてのことだ。
ほかにも続々と借りるはずだった「交渉先」から断りの連絡が入り、スタッフは悲鳴を上げている。「このままでは最終回まで撮影がまっとうできるかどうかわからない」という事態に陥っている。ひとつの番組の不祥事でこういった取材拒否が起こることはあるが、全社挙げての状況となると「前代未聞」と言ってもいいだろう。
■まさに「負のスパイラル」
そして、影響は出演者にも波及している。イメージを気にする俳優やタレントはフジには出たがらない。それはなぜか。俳優やタレントの本当の「食い扶持」はテレビの出演料ではなく、CMの出演料だからだ。だから、出演者はフジよりスポンサーを選ぶのだ。
今回、潮が引くようにスポンサーが撤退したことからわかるように、企業はイメージを気にする。自社のCMに出ているタレントが今のフジに関与していることを「良し」とするわけがない。
一部では、4月クールで決定していた主役級のドラマ出演者がキャンセルを申し出たという報道もされている。ドラマ・プロデューサーをやっていた私にとっては、それがどんなに「恐ろしいこと」かよくわかる。考えただけでも、背筋が凍る。
番組制作には莫大な費用がかかる。特にドラマの制作費はバラエティなどに比べると高めだ。この「制作費」にもしわ寄せが来ている。フジHDの2025年3月期の売上高は従来予想の5983億円から5482億円に引き下げられた。純利益も290億円から98億円に下方修正された。’24年3月期の370億円からおよそ4分の1の水準に悪化するという。
フジ自体の広告収入も、従来見通しから233億円減少すると発表された。予想していた純利益の80%の金額が消えたことになる。これらの損失を少しでも埋めるために、大幅にカットするとしたら2つしかない。「制作費」と社員の給料などの「人件費」だ。
そうなると社員や現場の士気が下がることは避けられない。まさに「負のスパイラル」である。「ヒト・モノ・カネ」のうち「ヒト」「モノ」が劣化してゆくと、「カネ」を生み出すことは厳しくなってしまう。
■「ヒト」がいなくなると「モノ」が作れない
そして「負のスパイラル」は、ドミノ倒しのような状態で次のステージに連鎖してゆく。これから起こることを予測するとすれば、以下の2つになる。
1.人材流出
2.取引先企業への影響
1.の「人材流出」は、上記に述べた「社内」のさまざまな部署の「現場」に生じたしわ寄せや弊害によって、社員の士気が下がり、同時に会社への忠誠心も薄れ、離職につながるというものだ。その理由はさまざまだろうが、これから起こり得る給与面などの人件費削減も大きな要因である。「ヒト」がいなくなると「モノ」が作れなくなる、もしくは作れてもクオリティが劣化してゆく。企業としては最も危機的な状況だ。
2.の「取引先企業への影響」は、まず考えられるのは番組を発注している制作会社だが、それだけではない。東京商工リサーチの1月24日発表のデータによると、「フジHDの取引先計(仕入・販売、直接・間接含む)は9654社」だった。業種別では、広告代理店や芸能事務所などサービス業他が2571社(構成比26.6%)で最も多い。
■「フジ離れ」で犠牲になる制作会社
次いで、テレビ番組制作や電気機械器具卸売など卸売業や製造業、情報通信業など、幅広い産業に広がっている。
「これはメディアやコンテンツ事業だけでなく、不動産や観光事業など、経営の多角化が進んでいるためとみられる」と同調査は分析しているが、私はこの多角化があだとなり、今後、広範囲の業種に影響を与えるのではないかと推察している。
そして「放送業務」においては、やはり芸能事務所と制作会社への影響が大きいだろう。事務所のタレントのなかには、CMを持っていなくてテレビの出演料を生業としている者もいる。そういった人々は、フジに出続けたくても今後のことを考えて「出るのをやめよう」と考えるかもしれない。
制作会社は自転車操業で番組を作っているところが多い。そういった会社は資金繰りに苦しんだり、なかには倒産したりするところも出てくるだろう。
「フジ離れ」で他局に活路を見いだせる会社はまだいい。だが、フジと一心同体のようにして企画立案から完成までをおこなっているところもある。彼らにとって、「フジの衰退」は自らの「滅亡」を意味する。
■他局は「横並び」の自社防衛
最後に、今回のフジの騒動が他局やテレビ業界全体に与える影響とそこから学ぶべき点について考えてみたい。
各局は今回の件を受けて、「内部調査」を始めた。1月21日にまず日本テレビが調査を始めると表明、翌22日にはテレビ朝日はすでに調査をおこなったと発表した。続いて、TBSやテレビ東京も「遅れてはならぬ」とばかりに調査の実施を公表した。
この迅速な対応は評価したい。だが、同時に感じたのは、相変わらず「横並び主義」は健在だということだ。この「横並び主義」については、私が常々、警鐘を鳴らしている。
どこかが始めれば、安心して一斉に始める。どこかがやらないと、自分からはやろうとしない。それは、「ジャニーズ性加害問題」や「松本人志性加害疑惑」の際にも繰り返された。今回も、他局が中居氏の番組降板を決めたら自分の局も出演停止にしたが、その「理由」についてはまったく何も述べられていない。まったく変わっていないのだ。過去の「教訓」が生かされていない。
そもそも、中居氏の疑惑に関してはいまだ真偽が明らかにされていないのだから、それぞれの局の判断や理由が示されるべきではないのか。本人が承諾するかどうかはさて置き、「うちは本人に真相を話してもらいたいので、出てもらう」という局があってもいいはずだ。
■「ヒト」をないがしろにしたテレビの試練
今回の問題はフジだけのものではない。制作会社や芸能事務所へのしわ寄せも、その先には他局への余波が待っている。例えば、フジと他局の両方で番組を作っている制作会社がつぶれたら、他局の番組にも支障が出る。
フジで取り損なった出演者のギャラは、他局に上乗せされるかもしれない。すべてのテレビ局がそういった影響を考えるべきだ。「フジは大変だね」と他人事のように思っていないか。そういった自らへの問いかけが必要だ。こういった「他人事感覚」や前述した「横並び主義」、そして「隠蔽体質」。以上の3つが、テレビメディアを衰退させる要因であると指摘したい。
フジだけでなく、テレビ業界全体が一丸となって「これらをなくしていこう」という意識がいま、必要なのではないか。
また、本論で主張した「ヒト・モノ・カネ」という順番で経営が健全におこなわれているかということに関しても、考えていかなければならない。過剰な「マネタイズ」は「ヒト」の士気を失わせ、「モノ」を劣化させる。大切なのは、現場も経営陣も共にこれらの難題に挑んでいくということだ。現場と経営陣が「断絶」している暇などない。
今回のフジテレビの問題は、すべてのテレビ局、すべてのテレビに関わる人に与えられた「試練」なのだ。
———-
元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授
1964年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京に入社。世界各地の秘境を訪ねるドキュメンタリーを手掛けて、訪れた国は100カ国以上。「連合赤軍」「高齢初犯」「ストーカー加害者」をテーマにした社会派ドキュメンタリーのほか、ドラマのプロデュースも手掛ける。2023年3月にテレビ東京を退社し、現在は桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。著書に『混沌時代の新・テレビ論』(ポプラ新書)、『弱者の勝利学 不利な条件を強みに変える“テレ東流”逆転発想の秘密』(方丈社)、『発達障害と少年犯罪』(新潮新書)、『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(河出書房新社)、『秘境に学ぶ幸せのかたち』(講談社)など。日本文藝家協会正会員、日本映像学会正会員、芸術科学会正会員、日本フードサービス学会正会員、放送批評懇談会正会員。映像を通じてさまざまな情報発信をする、株式会社35プロデュースを設立した。
———-