【芸能】「当時は、本当にとがってました」『NEWS23』を直前で辞退→突然の退職…元TBSアナウンサー小林悠(39)の現在地

【芸能】「当時は、本当にとがってました」『NEWS23』を直前で辞退→突然の退職…元TBSアナウンサー小林悠(39)の現在地

小林悠さんの現在地を知ることで、アナウンサーという職業がどれだけのプレッシャーと対峙しているのかが感じられます。彼女の強い意志が今の彼女を作り上げているのでしょう。これからもその独自の視点を活かして、新たな道を切り開いてほしいです。

医師から「きれいだから、モデルでも芸能人にでも」と…元TBSアナウンサーのアンヌ遙香(39)が明かす、“ハーフ”に悩んだ幼少期〉から続く

 昨年、8年ぶりに公の場に姿を見せた元TBSアナウンサーの小林悠さんこと、アンヌ遙香さん(39)。現在、生まれてから高校までを過ごした北海道に住み、東京と2拠点で仕事をしている。

 2024年3月に文春オンラインにインタビューを掲載したが、今回改めて、TBS時代から、退職後、現在の活動に至るまで話を伺った。(全3回の2回目/続きを読む)

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多くの経験を積めた『朝ズバッ!』『Nスタ』『報道特集

ーー早朝の番組を担当されると、生活のリズムをキープすることだけでも大変そうですが、報道はやりがいが感じられましたか。

アンヌ もう記憶が曖昧なんですが、『朝ズバッ!』の前の『早ズバッ!』という番組も担当していたので朝は深夜1時に起きて、2時半くらいに出社していました。

 かつては、朝の番組を担当していると、その後の仕事もできるよね? という発想でしたから、午後からバラエティ番組のロケや収録が入ることもありました。でも、『朝ズバッ!』で報道に近いことをやりながら、バラエティ番組にも参加できたこと、いろいろと経験が積めたことは、アナウンサー冥利に尽きるというか、本当にラッキーでした。

朝ズバッ!』が終わった後に担当した『Nスタ』(主に夕方の4~5時台放送のニュース番組)では、事件・事故・災害などが起きた時に現地に行って中継リポートする役回りを与えていただいた時期があります。「明朝一番で取材してほしいから、今夜のうちに飛行機で移動しておいてくれる?」と、日曜休日問わず電話がかかってきて、即対応するということもしていました。

 最後の方は、自分でニュース原稿を書いたり、VTRの編集に立ち会って一緒に作業をしたりもしていました。結局、ラジオでもテレビでも、番組がいかにいい形に収まるかを考えて仕事をしていたと思います。

 アナウンサーは自己顕示欲が強いんじゃない? などと言われることもありますが(笑)、その役割を担っているだけで、常に番組の作り手の一人だと認識していました。中継リポーターの仕事をしたのは数年でしたが、自分に向いている、天職だと感じていました。その仕事に巡り会えたことは、今でも本当にありがたいと思っています。

ーーどの職種も、10年前と今とでは労働環境、思考そのものが違いますね。

アンヌ 今となっては時効でしょうか。いちばん忙しいころ、休みは日曜日だけ。

 私の趣味は、泊まりがけで、大仏や仏像を観に行くことなんですが、たとえば『Nスタ』は番組の構成上、翌日は現場もないしと急遽休み扱いになることが稀にありました。そうなると、よっしゃー! 山形に行こうかな、富山に行こうかなと、スマホで新幹線の切符をすぐとって1人で旅行に行く、といったことをしていました。

ーー同僚や先輩など会社の方と食事するといったこともありますよね。

アンヌ 同僚と飲みに行くこと、あんまりなかったんですよ。たまに行くともちろん楽しいんですが、でもほとんど行かなかったなぁ。ホント、とがってて……。

ーー声をかけづらい、とがりのオーラを放っていた……。

アンヌ 出ていたと思います、イヤな奴ですよねー(笑)。

 アナウンサー同士の女子会に声をかけてくださる先輩もいたんですけど、年下のくせに平気で断っていました。たまに顔は出しますけど「はい、行きます!」という前のめりな感じでは全然ない。今になると、そういうものにもっと参加していれば、私のパーソナリティも変わっていたんじゃないかと思います。なんでも否定から入っちゃダメ、イエスと言えば開ける人生もあるのにな、と。もったいなかったです。

ーーということは、接待的な会食に断れずに参加するといったようなことは……。

アンヌ なかったですね。もう、ほんとにとがってましたから(笑)。

NEWS23』を直前で辞退、突然の退職から復帰するまで

ーー2016年に『NEWS23』のキャスター陣に加入されることが決まった直後、体調不良で辞退され、そのまま退職されました。ちなみに私はラジオの『小林悠のたまむすび』を毎週欠かさず聴いていたので、「え! あの元気なナタリーに何があったの?」と本当に驚いて、ぜひお話を伺いたかったんです。

アンヌ 実は、会社を辞めた後、大きな疾患が見つかり手術をしたんです。その疾患の影響が、不調というか、前兆として出ていたのではないかと思うんです。

 嘘だ、と言われるかもしれませんが、実はそのあたりの記憶が自分でもびっくりするほどなくて……。NEWS23はやりたい、でも厳しいかもしれません、と申し出たのはポスター撮影をする直前でした。このままだと多くのみなさんに迷惑がかかってしまう。同じ迷惑をかけるなら早いうちにと思って決断したのは覚えています。

 なんでも自分でスパッと決めてしまうところがあったんです。もっといろんな人に相談すればよかったんですけどね。本当に、全部が「とがって」いたことにつながってしまうのかもしれませんが、ああすればよかったと色々考えることが今でもあります。

ーー冷静になると、別に迷惑をかけているとも思えないんですが。

アンヌ そうなのかもしれませんが、いまだに申し訳ないと思う気持ちは変わりません。その思いもあって、改めてテレビやラジオのお仕事をしてもいいのかな、というジレンマがありました。

ーーTBS退職後、昨年復帰するまではどのように暮らしていたんですか?

アンヌ 手術した後は、体を休ませようと思ってしばらく仕事をしていませんでした。

 会社員時代、運動をしたり、食事に気をつけたりすることが一切なかったので、そこは反省して普段の生活を見直そうと思い、リハビリを兼ねてヴィーガン料理を習ったり、アロマテラピーの勉強をするようになりました。ヴィーガンはまったく向いていませんでしたが、アロマテラピーはセラピストの上級資格まで取れて、美容関連のお仕事につながっていきました。

ーーアメリカにも住んでいたそうですね。

アンヌ アロマテラピーの勉強をしている期間中、一時アメリカにいました。「アンヌ」という名前もその時から使っているんです。

 アメリカのスターバックスコーヒーでは「Your name?」って聞かれるんですけど、「Haruka」は言いにくいみたいで、「そうだ。私、アンヌという名前を持っていた!」と。それからアメリカでの暮らしが途端にスムーズになって、日本に戻ったあとも、アメリカでのご縁がある方からアンヌさんアンヌさんと呼ばれるようになり、私の中でその名前がかなりしっくりくる感じがしたんです。講師の仕事を始めたときも、好きな名前で活動しようと決めていましたので「アンヌ」先生と呼ばれていました。

テレビやラジオは私にとっての天職なんだ

ーー講師のアンヌ遙香先生を、生徒さんは小林悠さんと認識していたんでしょうか。

アンヌ 元TBSアナウンサーという肩書きも使っていましたので、知っている人もいれば、全然知らない人もいましたね。

 私、TBSを辞めてから大型犬のゴールデンレトリバーを飼いはじめまして、リリー(愛犬の名前)と自然の中で暮らしたいという理由もあって北海道に住んでいるんです。

 毎日、お散歩しているといろんな人にご挨拶しますよね。「リリーちゃんのお母さん」と呼ばれることが本当に多いものですから、当たり前だけど、私が何者かなんて誰も気にしていません。

 だから、アンヌ遙香として札幌でテレビに初めて出ることになった時は、また一からデビューするくらいの気持ちでいたんですが、小林悠と認識してくださる方がいて衝撃を受けました。「わぁ、ナタリーだ!」って声をかけていただいた時は嬉しくて。辞めてからもう8年も経っているのに、覚えていてくださる方がいるんですよ。

ーーやはりテレビのお仕事に戻りたいお気持ちは強かったですか。

アンヌ 退職してしばらくの間は、志半ばで業界を去ったこともあり、悲しさや悔しさなどの色々な気持ちで、TBSの番組を観たりラジオを聴くのが切ないという時期がありました。

 現役の頃は自社の番組ばかり聴いていましたが、退職を機会にNHKや、FMのJ-WAVEなど様々なものを聴くようになり、かなり勉強になりました。私ならこう返すなとか、別所哲也さんのこの感じはまねしたいなとか、間とかが気になってしまうんです。ただのリスナーではなく、職業病というか、アナウンサーとして聴いてしまうんですね。

 TBS時代の夢を見ることも結構ありました。結局、テレビやラジオが好きという気持ちはずっと変わらなかったんです。周りからの評価は別として、テレビやラジオは私にとっての天職なんだ、という感覚は持ち続けていました。

「あのままTBSに勤め続けていたら…」元アナウンサーのアンヌ遙香(39)が語る、離婚後に実家暮らしを始めたワケ〉へ続く

(川村 夕祈子)

アンヌ遙香さん ©文藝春秋

(出典 news.nicovideo.jp)

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