【芸能】「ブラタモリ」も「笑っていいとも!」もすべてここから始まった…タモリが幼少期にたった一人で見続けた景色
【芸能】「ブラタモリ」も「笑っていいとも!」もすべてここから始まった…タモリが幼少期にたった一人で見続けた景色
■「ブラタモリ」が長寿番組になったワケ
待望の『ブラタモリ』(NHK)新シーズンが今月からスタートする。いったん終了した長寿番組がレギュラーとして復活するのは異例のこと。しかもタモリは今年8月で80歳を迎える。タレントとしての息の長さはいまさらながら驚異的だ。
なぜ『ブラタモリ』、そしてタモリはこれほど求められ続けるのか? この機会に改めて考えてみたい。
いまさら番組の説明は不要だろう。タモリがNHKの女性アナウンサーとともに街や観光地などさまざまな土地を訪れ、専門家の案内で歩きながらその場所にまつわる秘密を解き明かしていく。タモリによる街ブラ番組。だから「ブラタモリ」というわけである。
番組が始まったのは、2008年のこと。このときはお試しの単発番組だったが好評を受けて2009年10月からレギュラー化した。その後休止期間などを挟みながら、2024年3月まで続きいったん終了。だが惜しむファンの声は多く、スペシャル版の放送を経て今回のレギュラー版再開となった。
『ブラタモリ』と言えば、まず思い浮かぶのがタモリの博識ぶりだろう。専門家が出す難問にいとも簡単に正解してしまう。スタッフや出演者は「当てちゃった!」と驚き、専門家も思わず「参りました」となる。
■アナウンサーとの特異な関係性
テレビバラエティの常識では、こうしたときすぐに正解を出すのは掟破りだ。しかしタモリはそんなことを気にするそぶりもなく、真面目に考えて真面目に正解する。バラエティのお約束に慣れた視聴者には、逆に新鮮だ。そしてそんなタモリの存在が、教養番組としてのクオリティの高さをもたらしている。
タモリと同行する女性アナウンサーとの関係性もほかにあまりない。普通NHKアナウンサーは、こうした番組に出るときは事前に十分下調べをして臨む。ところが『ブラタモリ』では、どのアナウンサーも「何も知らない素人」のポジションになっている。
もちろん演出の一環ではあるが、それもまたアナウンサーの固定観念を覆すものだ。だがそれが人気の原因にもなり、この番組は桑子真帆、近江友里恵、林田理沙などNHK女性アナウンサーの出世コースとまで呼ばれるようになった。
タモリもそのあたりは当然心得ている。近江友里恵初登場回の冒頭では、「興味ある? こういうことに」といきなり身も蓋もない直球の質問をして近江を困惑させ、さらに「また1年ぐらいしたらどっか出世するんだろうね」「俺の体の上を何人の女子アナが通り過ぎていったか」と皮肉めかしながら冗談を言っていた(2016年4月30日放送回)。
■タモリの原点
では『ブラタモリ』のタモリは、他の街ブラ番組のタレントといったいどこが違うのか。単なる博識と言うだけならほかにもいるだろう。タモリが特別なのは、知識量だけではない。地形や街並みに対する人並外れた偏愛、そしてその端々ににじみ出るある種哲学的な佇まいではないかと思う。
そんなタモリの原点が垣間見えるのが「日本坂道学会」だ。
と言っても正式な学会ではなく、会員はタモリと知り合いの2人だけ。飲み屋で偶然出会った2人は数少ない坂道愛好家ということで意気投合し、学会設立と相成った。
この坂道研究の成果は、『タモリのTOKYO坂道美学入門』(2004年刊行)という本にまとめられている。タモリが実際足を運んで惹かれた37の東京の坂について解説した内容。坂の写真もすべてタモリ自身が撮ったものだ。もし手に入るようならぜひ読んでいただきたい名著である。
そしてその序文がまたとても興味深い。以下、紹介しよう。
■坂道の途中に佇む子ども
子ども時代にタモリが住んでいた家は、坂の途中にあった。幼稚園に入る年齢になったが、事前に見学に行った際に園児たちが「ギンギンギラギラ夕日が沈む」とお遊戯をしている光景がとても恥ずかしく、バカバカしく思えたため、幼稚園に通うことをタモリは断固拒否した。だが近所の同じ年の子どもたちがみな幼稚園に入ったため遊び相手もいなくなり、一人ぼっちになってしまう。
そこで何もすることがなくなり時間を持て余したタモリは、家の玄関のそばの石垣にもたれかかり、一日中坂道を上り下りする人たちを観察し続けた。そのうち誰がどこに住むどういうひとかがわかるようになっていった。
これが後年、筋金入りの坂道愛好家、そして地形好きになる第一歩だった。そしてタモリの真骨頂である人間観察の鋭さを養う原点にもなったと言えるだろう。
さらに同じ序文のなかで、人間の思想は「傾斜の思想」と「平地の思想」に大別できる、とタモリは続ける。ちなみにタモリが早稲田大学で西洋哲学を専攻したことは知る人ぞ知る事実だろう。
タモリは、「人間とは精神である。精神とは自由である。自由とは不安である」という哲学者・キルケゴールの言葉を引きながら、傾斜の思想を説明する。高い断崖の上に立って下を見る時、飛び降りるかどうかは自分の意志の自由による。だがそこには死の可能性への意識が常に伴う。だから自由とは不安である。
■「傾斜の思想」と「平地の思想」
その不安の根源は位置エネルギーにある、とタモリは説明する。坂道に暮らすひと、坂道を上るひともまた、この位置エネルギーを無意識に感じている。だからそういうひとの思想は、自分の自由に対しての不安がいつも内在している。
これに対し、平地の思想は同じく哲学者のハイデッガーに代表される。平地で暮らすひとは、平面な時間とその連続性のなかに存在とはなにかを追究する思想になっていく。平地にいる人間は位置エネルギーを感じることがない。だから自由に対する不安もない。
この分類が哲学的に正しいのかどうかはわからない。タモリも、実はハイデッガーが主著である『存在と時間』を急斜面に立った家で著したという“オチ”をつけ、「だから屁理屈好きは止められない」と序文を締めくくっている。
「屁理屈」と自虐気味だが、このあたりはタモリ一流の芸だろう。上岡龍太郎などもそうだったが、近年豊かな教養をベースに論理的な鋭い屁理屈で楽しませてくれる芸人は少なくなった。かつてタモリは「ネアカ」と「ネクラ」という表現を流行らせたが、それも知的な遊びとしての社会批評、言い換えれば屁理屈の産物だった。
■他の街ブラ番組との決定的な違い
ただ知的な遊びであることは承知のうえで、そこには傾聴すべき部分もある。『ブラタモリ』という番組自体が、傾斜の思想と平地の思想の組み合わせから成り立っているように思えるからだ。
タモリが地層に対して抱く並々ならぬ関心は、まさに傾斜への偏愛の表れだ。どんな回でも地層に関する話は出てくるが、噴火活動によってできた「バウムクーヘン」と呼ばれる地層の重なりや多彩な岩が特徴的な伊豆大島を訪れた回のように、地層のことが中心になる回もある。「地質学の社会への普及に貢献した」という理由で番組が日本地質学会から表彰されたこともあった。
『ブラタモリ』には台本はあるが、タモリはそれを見ないし打ち合わせもないという。ぶっつけ本番ということになる。回ごとの大枠のテーマはあるが、細かいところはタモリ自身の興味の赴くままだ。だから地層など傾斜へのこだわりが前面に出てくる。そこが名所名跡の観光や特産物・地元グルメの紹介がメインになっている大多数の街ブラ番組とははっきり異なるところだろう。
もちろん一方で、平野に発達した街や道筋が取り上げられる回も少なくない。これなどは平地の思想を解き明かすスタイルだろう。タモリ自身鉄道マニアとしてもよく知られているが、鉄道をフィーチャーした回も同様の側面がある。さらに直近のスペシャル版では、「東海道“五十七次”の旅」として、3夜にわたって東海道を特集していた。再開初回でたどるのも伊勢神宮に至る道である「伊勢路」だ。
■すべては坂道から始まった
しかし、そこにも“地層”への関心が顔をのぞかせる。歴史という時間的な地層への関心である。伊勢路についても、江戸時代から続くお伊勢参りのことが背景にある。
『ブラタモリ』がきっかけでブームも起こったという古地図は、その意味での重要なアイテムだ。タモリが江戸時代や明治時代の古地図を手に街を歩き、現在と過去を比べ、思いを馳せるとともに歴史の真実に分け入っていくのが『ブラタモリ』という番組だ。
その意味では、タモリ自身はやはり“傾斜の思想家”なのだろう。
先ほど書いた幼稚園のお遊戯をめぐるエピソードがそのことを物語る。みんなで一緒に踊るお遊戯は多くの子どもにとって楽しいものかもしれないが、タモリはそれを同調圧力と感じ、みずから孤独、つまりどこにも属さない自由を選んだ。
そして生まれたのが、坂の途中に佇む幼年期のタモリである。彼はそこで行き交う人たちをただじっと見つめ、人間観察の力を培った。そのことは、後に『笑っていいとも!』に出演するタレントや素人を観察し、瞬時に絶妙のあだ名をつけていたタモリの姿を思い出させる。
もちろんその類まれな観察力は、街や土地に対しても発揮される。『笑っていいとも!』も『ブラタモリ』も、すべては坂という傾斜から始まったのだ。
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社会学者
1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。
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