渡邊渚 「路上で突然突き飛ばされたり、殺害予告が届いたりする日本での日常のほうが、私には怖くて危険」世界を旅する理由を綴る
渡邊渚 「路上で突然突き飛ばされたり、殺害予告が届いたりする日本での日常のほうが、私には怖くて危険」世界を旅する理由を綴る
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渡邊 渚(わたなべ なぎさ、1997年4月13日 – )は、日本のタレント、インフルエンサー、モデル、エッセイスト、司会者、実業家。大学生時代に生島企画室(現FIRST AGENT)にタレントとして所属し、2020年4月から2024年までフジテレビでアナウンサーとして勤務した。現在はフリーのモデルと…
77キロバイト (10,101 語) – 2026年9月22日 (火) 13:24
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元フジテレビアナウンサーの渡邊渚さんが、自身の連載エッセーで、世界を旅する理由について思いを綴っています。
1 Ailuropoda melanoleuca ★ :2026/09/29(火) 06:16:20.13 ID:ZYdWZQDq9
2024年8月末にフジテレビを退社した元アナウンサーの渡邊渚さん(29)。2020年の入社後、多くの人気番組を担当したが、2023年7月に体調不良を理由に休業を発表。退社後に、SNSでPTSD(心的外傷後ストレス障害)であったことを公表した。約1年の闘病期間を経て、再び前に踏み出し、NEWSポストセブンのエッセイ連載『ひたむきに咲く』も好評だ。そんな渡邊さんが、「世界を旅することで得られること」について綴ります。
* * * 前
回のエッセイで、「PTSDになったことで、何の疑いもなく未来を楽しみにする感覚を失った」と書いた。同世代が仕事や子育てで忙しくしているのに、今も私は心の乱高下によって寝込んだり涙が止まらなくなったりして、普通の生活ができない日もある。自分の未来に対してポジティブな想像が全くできないし、もういつ人生が終わってもいいと思っている。
(略)
自分の人生だけを見つめ続けていると、目の前の苦しみが世界のすべてになってしまう。しかし、飛行機に乗って何千キロも離れれば、私が苦しんでいることとはまったく関係なく、世界は動いている。私の苦しみさえも、ちっぽけに思えてくる。
知らない土地に身を委ねていると息がしやすい
「海外に一人で行くなんて危ない」とよく言われる。確かに、海外には日本とは違う危険があるし、知らない土地だからこそ注意しなければならないこともたくさんある。しかし、私にとっては、少し皮肉な言葉でもある。路上で突然突き飛ばされたり、殺害予告が届いたりする日本での日常のほうが、私には怖くて危険に感じることがあるからだ。
「日本にいれば安全で、海外に行けば危険」という単純な線引きは、私にはない。むしろ知らない土地に身を委ねているときの方が、息がしやすいことさえある。だから、私は今も度々、旅へ出かけるのだ。
ここまで書いた文章を客観的に読み直すと、旅で現実やトラウマから逃避をしているように思える。確かにそうなのだが、旅の効果はそれだけではない。旅行へ行くと、自然と「◯◯したい」が生まれてくる。
この遺跡はどうしてこんな形をしているのだろう、この紋章にはどんな意味があるのだろう、と、”知りたい”が溢れてくる。名物料理を食べたい。ここで暮らす人の生活を見たい。異国の電車に乗りたい。ここにしかいない動物に会いたい。旅先では、朝起きた瞬間からやりたいことに溢れている。
日本にいる時の私は廃人のようで、何にも興味を持てない日もある。やるべきことと調子の悪さの狭間で葛藤しては、できなかったことに目がいって落ち込むことばかりだ。不安定な心には、やりたいことを探す余裕も気力もなかった。
だから、旅に出て、やりたいことが溢れ出てくると、自分に好奇心がまだ残っていたことに驚き、嬉しくもなる。小さな「◯◯したい」をひとつずつ叶えていくうちに、自分の人生を自分で動かしている感覚が少しずつ戻ってくる。
そして、私はまだ、自分で自分をどこかへ連れていけると思える。旅は、失っていた好奇心だけでなく、自分の人生の舵を自分で握る感覚も、少しだけ取り戻させてくれる。
旅によって自分を未来に繋ぎ止めている
自分を知っている人たち、自分について語る人たち、自分に起きた出来事。そういうものに囲まれていると、いつの間にかそれが世界のすべてであるような錯覚に陥る。しかし飛行機で十時間も移動すれば、私のことを誰も知らない街がある。
そこで暮らす人たちにはそれぞれの生活があり、それぞれの悩みがあり、それぞれの今日がある。私の知らない世界が無数に存在していることで、「私はここだけで生きなくてもいい」と思えるし、自分自身やトラウマもちっぽけに思える。
帰国して、またトラウマに苛まれる日々に戻る。だが、行く前と帰ってきた後の自分には、差分がある。知見が増えただけでなく、失っていた好奇心や自信を少しだけ取り戻した。
悪く言えば、旅=現実&トラウマ逃避だが、私は必ず戻ってくる。逃げっぱなしにはしない。ちゃんと戻って、自分の苦しみや弱さと向き合い、それでも生き続けている。旅は現実から逃げる手段であると同時に、現実に戻ってくる手段にもなっているのだ。
私には明るい未来を思い描くことはできないけれど、それでも数か月後に旅が待っていると思えば、現実を生き続けられる。次の旅まで頑張って生きていこうと思える。私はそうやって、自分を未来に繋ぎ止めている。
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回のエッセイで、「PTSDになったことで、何の疑いもなく未来を楽しみにする感覚を失った」と書いた。同世代が仕事や子育てで忙しくしているのに、今も私は心の乱高下によって寝込んだり涙が止まらなくなったりして、普通の生活ができない日もある。自分の未来に対してポジティブな想像が全くできないし、もういつ人生が終わってもいいと思っている。
(略)
自分の人生だけを見つめ続けていると、目の前の苦しみが世界のすべてになってしまう。しかし、飛行機に乗って何千キロも離れれば、私が苦しんでいることとはまったく関係なく、世界は動いている。私の苦しみさえも、ちっぽけに思えてくる。
知らない土地に身を委ねていると息がしやすい
「海外に一人で行くなんて危ない」とよく言われる。確かに、海外には日本とは違う危険があるし、知らない土地だからこそ注意しなければならないこともたくさんある。しかし、私にとっては、少し皮肉な言葉でもある。路上で突然突き飛ばされたり、殺害予告が届いたりする日本での日常のほうが、私には怖くて危険に感じることがあるからだ。
「日本にいれば安全で、海外に行けば危険」という単純な線引きは、私にはない。むしろ知らない土地に身を委ねているときの方が、息がしやすいことさえある。だから、私は今も度々、旅へ出かけるのだ。
ここまで書いた文章を客観的に読み直すと、旅で現実やトラウマから逃避をしているように思える。確かにそうなのだが、旅の効果はそれだけではない。旅行へ行くと、自然と「◯◯したい」が生まれてくる。
この遺跡はどうしてこんな形をしているのだろう、この紋章にはどんな意味があるのだろう、と、”知りたい”が溢れてくる。名物料理を食べたい。ここで暮らす人の生活を見たい。異国の電車に乗りたい。ここにしかいない動物に会いたい。旅先では、朝起きた瞬間からやりたいことに溢れている。
日本にいる時の私は廃人のようで、何にも興味を持てない日もある。やるべきことと調子の悪さの狭間で葛藤しては、できなかったことに目がいって落ち込むことばかりだ。不安定な心には、やりたいことを探す余裕も気力もなかった。
だから、旅に出て、やりたいことが溢れ出てくると、自分に好奇心がまだ残っていたことに驚き、嬉しくもなる。小さな「◯◯したい」をひとつずつ叶えていくうちに、自分の人生を自分で動かしている感覚が少しずつ戻ってくる。
そして、私はまだ、自分で自分をどこかへ連れていけると思える。旅は、失っていた好奇心だけでなく、自分の人生の舵を自分で握る感覚も、少しだけ取り戻させてくれる。
旅によって自分を未来に繋ぎ止めている
自分を知っている人たち、自分について語る人たち、自分に起きた出来事。そういうものに囲まれていると、いつの間にかそれが世界のすべてであるような錯覚に陥る。しかし飛行機で十時間も移動すれば、私のことを誰も知らない街がある。
そこで暮らす人たちにはそれぞれの生活があり、それぞれの悩みがあり、それぞれの今日がある。私の知らない世界が無数に存在していることで、「私はここだけで生きなくてもいい」と思えるし、自分自身やトラウマもちっぽけに思える。
帰国して、またトラウマに苛まれる日々に戻る。だが、行く前と帰ってきた後の自分には、差分がある。知見が増えただけでなく、失っていた好奇心や自信を少しだけ取り戻した。
悪く言えば、旅=現実&トラウマ逃避だが、私は必ず戻ってくる。逃げっぱなしにはしない。ちゃんと戻って、自分の苦しみや弱さと向き合い、それでも生き続けている。旅は現実から逃げる手段であると同時に、現実に戻ってくる手段にもなっているのだ。
私には明るい未来を思い描くことはできないけれど、それでも数か月後に旅が待っていると思えば、現実を生き続けられる。次の旅まで頑張って生きていこうと思える。私はそうやって、自分を未来に繋ぎ止めている。
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